それは、四月一日のこと。春休み中にもかかわらず、学校へ行くことを、母親から突然のように告げられた。
しかも、いつの間に用意したのだろうか。着せられたのは、普段着などではなく、卒業式にでも身に着けるようなフォーマルスーツ。白のブラウスに、膝下丈の黒のジャンパースカート、同じく黒のジャケットを組み合わせたもので、襟元に付けるリボンタイまでもがセットになっていた。そのうえ、服装にマッチした、白のボビーソックスを穿かされ、玄関には、黒のエナメル革で作られたストラップシューズまでもが準備されていたのだ。
なぜこんなきちんとした格好をさせられるのか、理子にはわからなかった。だが、そんなスーツ姿にもかかわらず、過去五年間をともに過ごしてきたアクアミントのランドセルを背負わされ、黄色い通学帽子を被らされてしまう。そのうえ、ジャケットの左胸に取り付けられていた、ファッショナブルなワッペンを取り外されると、代わりに、いつもの名札を安全ピンで留められてしまった。
その名札は、縦長のもので、透明なプラスチックケースの中に、白い紙が入れられている。それは縦に三分割されており、全体の外枠とおのおのを分ける線が引かれていた。そのうえで、右側並びに真ん中にまたがる上部三分の一に校章が、下部右側に「健優小学校」と学校名が印刷されている。さらには、その横、真ん中下部の欄には「年」「組」という文字だけが空欄を挟んでプリントされており、おのおのの空欄には「六」と「一」という漢数字がフェルトペンで記入されていた。そして、一番左側には、黒の手書き文字で「久利戸理子」と記されている。
そんな名札を、手で持ち上げつつ、逆方向から眺めた理子は、書かれている学年から、それが新しいものであることに気づく。つまりは、これから先、今年使うものだということに。
その後、学校までの道すがら、母親はこれでもかという枚数の写真を撮り続けた。さらには、学校の正門前、校庭、教室、さらにはあらゆるところでさらに数百枚と撮ることとなったのだ。
そのときは意味のわからなかった理子だったが、今となっては、母親の考えがよくわかる気がした。その時点で、理子が全裸教育児に選ばれたことを知っていた彼女は、この先一年間、娘が一切の服を着ることができないということもわかっていたはずだ。それは、日常生活でも、そして、小学校生活の最後を彩る卒業式でも……。だからこそ、まさにそのときに着るべきフォーマルスーツを愛娘に着せ、六年生の思い出として、写真を撮り続けたのだ。それは、母の愛ゆえのことだったに違いない。
だが、そんな思いに囚われてしまったためか、一瞬の間があいてしまったのだろう。レポーターが困惑したかのように、問いかけてきた。
「あ、あの……、久利戸さん……?」
その言葉にハッとした理子。しかし、何事もなかったかのように、答えを告げる。
「痛くは、ありません。お姉さんも、耳にピアスをしていますけど、痛くてどうしょうもないということは、ないですよね? それと同じです」
そこまで言った理子は、一呼吸を置く。自らの左乳首を貫いて取り付けられている名札にライトが当てられ、至近距離から撮影されていることを認識しながら。そして、さらに続けた。
「それに、最初に穴をあけてもらったときには、麻酔もしてもらいましたから。ちっとも痛くありませんでした」
そう答えながら、理子は思った。たしかに痛くはなかったが……と。
フォーマルスーツを身にまとい、学校で写真を撮られたあの日。次に向かったのは、病院だった。
当然のことながら、なぜこんなところへ連れて来られたのか、理子には見当もつかない。だが、話はすべてついていたようで、待たされることもなく、処置室へと通されてしまった。そこで、ジャケットを脱がされ、ブラウスを片腕だけまくり上げられてしまうが、すっかり怯えてしまい、逃げ出すこともできない。
やがてやって来た女性医師は、とてもやさしそうな雰囲気をしており、少女を落ち着かせるように言った。
「一本だけ、お注射をするからね。ちょっとチクってするけど、我慢してね」
そして、腕にちょっとした痛みを感じた理子に対して、ふたたび声がかけられた。
「ゆっくり息をして、一、二って数字をかぞえ……」
だが、覚えているのはそこまで。次の瞬間には、すべての服を脱がされ、両乳首とクリトリスに穴をあけられ、安全ピンを通された自分を発見することとなる。そのうえ、全裸教育児に選ばれ、これから一年間、一切服を着ることはゆるされないと知らされた。
あまりの仕打ちに、理子は当然のように泣き叫んだ。しかし、母親や医師、そして看護師総動員でなだめられ、選ばれたことは名誉なことよと説得され、一年間の全裸生活をスタートさせたのだった。
過ぎてしまえばあっという間。八ヶ月前の光景がまざまざと思い返されたが、それは昨日のことのようにも、はるか昔のことのようにも感じた。
だが、そんな少女の思いなど、当然のように気づかないレポーターは、質問を続ける。
「でも、痛くはなかったとしても、なにかを感じたりとか……、そういうことはないの?」
「もちろん、なにも感じない、ということはありません。乳首とクリちゃんに、重さのあるものがぶら下がっているんですから。だから、最初の頃は、もうどうしょうもなくカンジてしまって、生活も大変でしたが……、今では、すっかり慣れてしまいました。どこかふわふわと宙に浮いている感じがして、少し身体がポカポカするぐらいです。でも、全裸教育児ですから、これからの時期、身体が温かいのは、都合がいいくらいですよ」
「慣れるものですか?」
「慣れますよ。人間って、不思議ですよね。例えば、服を着ていても、メガネをしていても、普段って、ぜんぜん気にならないじゃないですか。それと同じです。だって、自分でははずせない……あっ、これって普通の安全ピンに見えますけど、お医者さんじゃないとはずせないつくりになってるんです。だから、慣れるしかないんですけど、実際に慣れてしまえば、乳首やクリちゃんにものがぶら下がっていても、案外、大丈夫なものですよ」
「じゃあ、普段の生活には、まったく支障はないんですね?」
「そうですね。でも、一つだけ、先生も、教育委員会の人も気づかなかったことがあったんです。クリちゃんに『全裸教育児証明書』を付けてから……、あっ、これがあれば、私が全裸教育児だってことが証明されて、全裸でも大丈夫なんですよ」
そういった理子は、がに股気味に中腰の姿勢を取ると、右手で証明書を少し斜め前方に持ち上げた。そして、それはカメラに収めやすいようにするためだとわかっていたカメラマンが、アップで撮影をした。
それは、透明なプラスチックケースに収められており、それ自体は、左乳首にぶら下がっている名札とまったく同じ。だが、中に収められているものが違った。
白い台紙に、理子のバストアップの写真が貼られている。そして、次の文言が縦に印刷されていた。
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全裸教育児証明書
氏 名 久利戸理子
生年月日 平成二十三年二月十四日
学年組番 六年一組十二番
右のもの、健康優良児育成のための全裸教育特区制度に基づく、令和四年度全裸教育児であることを証明する。
令和四年四月一日
花見野市立健優小学校 学校長
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さらには、赤い校長印が押されている。
そんな「全裸教育児証明書」を、カメラマンがある程度撮影し終えたことを確認して、理子が続けた。
「ワレメちゃんの中にある、女の子の穴からおツユがあふれ出てきて、止まらなくなっちゃったんです。春休み中は、家にいましたから、こまめに拭けたんですが、一学期がはじまってからは、そうもいかなくて。だから、しばらくは垂れ流し状態だったんです。でも、それでは自分のワレメちゃんや脚、上履きだけじゃなくって、教室の床や座っている椅子も汚してしまうから、みんなにも迷惑をかけますし、さすがに衛生的じゃないってことになって」
「それで、どうなったんですか?」
「先生とクラスのみんなが、学級会で考えてくれて、結局はタンポンを入れることになりました。それが、四月の終わりぐらいです。それからは、学校では、日直さんが取り替えてくれるんです。でも、すぐにおツユを吸っちゃうから、休み時間ごとに替えないと持たなくて。日直さんには迷惑をかけてます」
「そうやって、クラスのみんなが協力してくれるから、久利戸さんも全裸教育児として、きちんと学校生活がおくれるんですね」
「はい。それに、さっきも少し言いましたが、全裸教育児である私になにか問題が起きたときには、学級会で話し合って、いろいろ決めてくれるんです」
「今日もこれから、学級会で、久利戸さんのことを話し合うんですよね?」
「そうです。だから、クラスのみんなには、とっても感謝しています」
心にもない……とまでは言わない。だが、すべては先生と「相談」のうえ決めた回答。それを最後まで暗唱できたことに、理子はある種の満足感を抱いていた。
もちろん、内心ではいろいろな思いがある。当然のことながら、恥ずかしいという感情はいまだに消えない。さらには、なぜ自分だけが、こんな理不尽な目にという思いも、少なからずある。だが、それも、もうすっかり慣れた……、いや、慣れたという風に思い込むことで、なんとか日々を過ごしているのだ。
「ところで、今日は雪が降っていますが、そんな場合でも、久利戸さんはやっぱり全裸なんですよね?」
「あ……、は、はい……」
今まで、よどみなく答えてきた理子だったが、その質問に、とっさに言葉が出てこない。それは、今日の天候を見て急遽追加されたもので、事前に渡されていた質問には含まれていなかったためだ。
それでも、先生と「相談」して、答えを考えていたのだが、いまいち暗記しきれていなかったためでもある。
「えっと……、もちろんそうなんですが、それでも、冬の間は少し厳しいかなということで……。今日みたいに雪が降る日は、登校と下校のときには、マフラーと手袋をしてもいいことになっています」
放送時には、朝の登校時間に撮影された理子の姿が、ここで挿入されることとなる。
雪が降りしきる中、他の児童たちは万全の防寒対策をしている。その中で、歯を鳴らし、唇を紫に染め、全身に鳥肌を立たせた理子は、素肌の大部分をさらけ出したまま、アクアミントのランドセルを背負い、黄色い通学帽を被っていた。だが、それでも、足元にはスノーブーツを履いており、首にはマフラーを巻き、厚手の手袋をさせてもらっているのは、せめてもの情けだったのだろうか。もっとも、そんなものを身に着けたところで、さほどの役にも立たなかっただろうが。
「それを聞いて、安心しました。これからも、全裸教育児として、がんばってください」
「はい、ありがとうございます。あと三ヶ月ちょっとですが、みなさんの期待に応えられるよう、がんばります!」
理子の元気な声が教室に響いたのち、静寂が訪れる。だが、そんな静けさを、ディレクターが打ち消した。
「はい、オッケーです」
それを受け、ふぅーっとため息をつく理子。自分で思っていたよりも緊張していたらしいことに、いまさらのように気づく。だが、これで終わりではなかった。
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