「これから、学級会を始めます」
四月も下旬を迎えた、六年一組の教室。男子学級委員の木島悠人が口を開いた。
「みんなも知っているとおり、この前の男女対抗勝負の結果……」
全員の視線が一斉に集まる。
「今日から卒業するまで、女子は男子の言いなりです!」
その瞬間、教室は男子たちの大きな拍手と歓声に包まれた。
「やったー!」
「これで、うさぎ小屋の掃除はやらなくてもいいぞ!」
「オレ、ランドセル持ってもらおうかな!」
一方、女子たちはくやしそうな顔を並べる。
「最悪……」
「これから、なにやらされるんだろう」
「やっぱ、トイレ掃除とかかなぁ……」
そんな無邪気なクラスメイトたちを眺めながら、悠人は心の中でつぶやいた。
(そうだよね。「言いなり」っていっても、せいぜいその程度のことしか思いつかないよね……)
そして、誰にも気づかれないよう、口元をゆがめた。
木島悠人は、ごく普通の小学六年生男子。少なくとも、見た目はそうだ。
しかし本人は、自分を「普通」だと思ったことが一度もない。
小さい頃から、初めて見るはずのものに既視感を覚え、授業は退屈で、テストはいつも満点。教師や親からは優等生と見なされている。
だが、本当に普通ではないこと。それは、悠人が特別なチカラを持つことだった。
それは暗示や催眠にも似ていた。だが実際には、そんな生やさしいものではない。それは、目の前にいる全員の「常識そのもの」を自然に塗り替えてしまうチカラだ。
数か月前にそのチカラに気づいて以来、悠人はいろいろと試してきた。その結果、人に危害を加えるようなことはできないが、それ以外なら、かなりムチャクチャなことでも「当たり前」に変えられると知った。
そして悠人は、そのチカラで、自分のクラスをとんでもない常識で塗り替えることを思いついた。
ただ、すべてをチカラだけで換えてしまうのはおもしろくない。大義名分が欲しかった。
そこで悠人は、男女対抗の勝負をおこない、「負けた側は勝った側の言いなりになる」という約束を、クラス全員が納得する形で成立させた。そして男子を勝たせた。
こうして「勝負の結果だから仕方ない」と誰もが納得する、自然な状況を作り上げたのだ。
あとは、その「言いなり」の意味を、書き換えるだけだった。
「静かにしてください」
ざわついていた教室が、ぴたりと静まった。
「今日の学級会は、女子が男子の言いなりになる内容を具体的に決めるためのものです。先生は、ボクたちに任せてくれました。よく話し合って、みんなが納得できるものにするように、と言われています」
教師たちの常識はすでに書き換えている。そのため、この勝負も、その結果を受けて開かれる学級会も、誰にも止められなかった。
悠人の隣では、女子学級委員の杉本梨枝が立っていた。
黒縁眼鏡の奥には、意志の強そうな瞳。つややかな黒髪は左右できっちりと結ばれ、一筋の乱れもない。その身なりからは、真面目で几帳面な性格がそのまま伝わってくる。
もっとも、地味な眼鏡も、きちんと結んだ髪も、梨枝の整った顔立ちまでは隠しきれない。白い肌にすっと通った鼻筋。眼鏡越しでも、その凜とした美しさは十分に伝わってくる。
悠人は昔から、梨枝とはどうにも気が合わないと思っていた。幼稚園の頃から一緒だが、少し勝ち気なだけでなく、なにかあるたびに小言を言い、ことあるたびに世話を焼こうとする。最近では身長まで追い越され、それがまた少ししゃくに障る。
それもあって、男子たちが「梨枝ってかわいいよな」と言えば、「眼鏡は地味だし、髪型だっておしゃれじゃない。なんだか、おばさんみたいじゃん」と笑い飛ばしてきた。
——もっとも、本心は少しちがう。
(眼鏡はしかたないとしても、髪型ぐらい変えればいいのにな。せっかく顔は悪くないんだから……)
そんなことを考えた自分をごまかすように、悠人は小さく頭を振り、意識を学級会へ戻した。
「杉本さん、板書をお願いします」
悠人は、それだけを告げた。
梨枝は一瞬、悠人を鋭くにらみ返した。
(誰が言いなりになんてなるか!)
そんな心の声が聞こえてきそうな、強いまなざしだった。
しかし次の瞬間、不意に黒板へと向かい、白いチョークを手に取った。
その動きに迷いはない。学級委員として当然の役目を果たすような、ごく自然な足取りだった。
『六年一組のきまり』
『今日から卒業するまで、女子は男子の言いなりです』
書き終えた梨枝はチョークを置き、一瞬だけ眉をひそめた。ほんのわずかな違和感。だが、それは次の瞬間には、ごく自然に消えていた。
それが悠人のチカラだった。
直接命令したわけではない。梨枝の反発心まで消したわけでもない。
ただ、「女子は男子の言いなり」というクラスの決まりを当たり前の常識として受け入れさせ、その決まりを黒板に書くことは、学級委員である梨枝の当然の役目なのだと認識を書き換えただけだった。
整った文字を見つめながら、悠人は小さく口元をゆるめた。
(ちゃんと効いてる)
そして教室をゆっくりと見回した。
今この瞬間も、この教室の常識は、少しずつ、だが確実に塗り替えられていた。
「それでは、これからボクが一つずつ案を出していきます。そのたびに、みんなには賛成かどうか確認します」
優等生らしい穏やかな口調で話し合いを進める悠人だったが、心の中ではクラス全員をせせら笑っていた。
(まぁ、形式は大事だからね)
男子たちは期待に満ちた顔で拍手し、女子たちは不安そうに黙り込んだ。
その様子に満足した悠人は、いつもの学級会と変わらない落ち着いた口調で言った。
「まず一つ目ですが、教室の中では、女子は服を脱いで裸で過ごしてもらおうと思います」
一瞬、教室が水を打ったように静まり返る。
「えっ……、裸……」
「教室で……? なに言ってるの……」
男子も女子も、誰もが自分の耳を疑った。
(まぁ、当然だよね)
悠人は内心でそう思いながら、先ほどの提案をゆっくりと繰り返した。みんなの頭の中に、新しい常識を染み込ませるように。
「教室の中では、女子は服を脱いで裸で過ごしてもらおうと思います」
そう告げると、悠人は教室を見渡した。自分が作り上げた「常識」が、着実に浸透していく様子を確かめるように。
やがて一人の男子が拍手を始めた。それは次々と周囲へ広がり、大きな歓声へと変わる。
一方、女子たちは顔を見合わせ、目を見開き、口元を押さえていた。それでも、反対する者は一人もいない。
「ちょっと、悠人……あんた、なに言ってんの……」
梨枝だけが声を震わせて抗議した。
悠人は黙って見つめ返した。
すると梨枝は、一度だけ小さく瞬きをし、唇をきつく噛みしめたあと、なにも言わずに前を向いた。
(塗り替え完了、っと)
悠人は、誰にも気づかれないよう、そっと口の端をゆがめた。
「それではみなさん。賛成ということで、いいですね?」
「賛成!」
教室に男子たちの明るい声が響き渡る。
もちろん、男子たちの常識も書き換えている以上、その結果は最初から決まっていることだった。
「教室の中では、女子は服を脱いで裸で過ごすことに、決まりました」
悠人は、ごく当たり前のことのように淡々と続けた。
「明日からは、朝学校に来て教室に入った時点で裸になってもらいます。ただ、今日は最初ですから、この学級会の間に、教室の前で裸になってもらいます。ひとりずつだと時間がかかるし、全員いっぺんというのも難しいです。だから、まずは三人ずつ、五回に分けて裸になってもらおうと思います」
みなが悠人を見つめ、おとなしく聞いている。反対の声はまったく出なかった。
(ちゃんと受け入れてる)
悠人は小さくうなずいた。
「それでは最初の三人です。一人目は、ここにいる学級委員の杉本梨枝さん」
悠人は教室を見回しながら言った。
「残りの二人は、誰がいいでしょうか」
たちまち、男子たちからは、名前が次々と挙がった。さも、当然のことのように。彼らはすでにこの状況を異常だとは思っていない。それは明らかだった。
それを見て、悠人は心の中でほくそ笑んだ。
「牛島さんがいいと思います!」
一人の男子から、ひときわ大きな声があがった。
「賛成!」
「牛島な!」
「それいい!」
他の男子たちの声が次々と重なり、教室が一気にわいた。
「では、牛島みるくさん、前に出てきてください」
悠人に呼ばれたみるくは、一瞬肩を震わせた。周囲をおずおずと見回したあと、小さく息を吸い込み、恥ずかしそうな表情のまま立ち上がる。
そして、一歩ずつためらうように歩き、梨枝の隣へと並んだ。その大きな瞳には、不安と戸惑いがはっきりと浮かんでいる。助けを求めるような、すがるような視線が、真っ直ぐ悠人へと向けられた。
だが悠人は、その視線を黙って受け止めるだけだ。
みるくの背丈は、悠人と同じくらい。肩まで伸びたつややかな黒髪はていねいに手入れされており、左右に結ばれた白いリボンがかわいらしいアクセントになっている。髪がさらりと揺れ、その下から覗く少し丸みを帯びた顔立ちは、誰が見ても愛らしいと思えるものだった。
うるんだ大きな瞳がかすかに揺れ、長い睫毛が小さく震える。その表情からは、なにが始まるのかわからない困惑と、逃げ出したい気持ちが伝わってくる。
クラスでも一、二を争うほど男子人気の高い女子だ。真っ先に名前が挙がったのも、悠人には当然のように思えた。
そんなみるくの体つきは、全体としては、同年代の女子としてごく標準的だった。
だが、一点だけ、誰の目にもはっきりわかる特徴がある。それは、まさに「名は体を表す」という言葉を地でいくようなモノだったが……。
悠人は、そんなみるくの瞳をなおも静かに見つめ続けた。
すると、みるくは不意に一度だけ瞬きをした。そして、小さな唇をきゅっと結ぶと、ゆっくりとクラスメイトへ向き直った。
悠人は満足そうにうなずくと、もう一度問いかけた。
「では、みなさん。三人目は、誰がいいですか?」
もっとも、それに答える資格があるのは男子だけだ。
教室のあちこちから次々と女子の名前が挙がる中、一人の少し大柄な男子が遠慮がちに口を開いた。
「オレ……、皆野がいいと思うんだけど……」
その言葉に、すぐに他の男子から声が飛ぶ。
「えー、皆野?」
「クマさん、ああいうのが好み?」
教室に小さな笑いが広がる。
だが、悠人はその意見を聞いて、むしろいいと思った。
名前を挙げた熊田は、みんなから「クマさん」と呼ばれている。名字が熊田だからというだけでなく、その穏やかでやさしい人柄と大柄な体格が、どこか絵本に出てくる「森のくまさん」を思わせることから、そう呼ばれていた。
そんな彼が推した女子も、このクラスの中では印象の強い一人だった。最初の三人としては、なかなかバランスの良い顔ぶれだ。悠人はひそかに満足した。
「それでは、皆野琴莉さん、前に出てきてください」
もちろん、それで決まりだった。悠人がそう告げても、誰一人として異論を口にする者はいない。
琴莉はゆっくり立ち上がると、小さな歩幅で前へ進み、みるくの隣へと並んだ。
その顔は、今にも泣き出してしまいそうだった。
琴莉は、どこから見ても幼さの残る少女だった。
小柄な身体に低い身長。小さな手は胸の前でぎこちなく重ねられ、緊張を隠そうとするたびに指先が落ち着きなく動いている。丸みを帯びた頬に大きな瞳がよく映え、そのあどけない顔立ちは、実年齢よりずっと幼く見えた。
後ろでまとめられた黒髪も、琴莉らしい印象によく似合っている。
もっとも、その髪は自分で結んだものではない。以前、「今日はママが忙しくて結ってもらえなかったの」と困ったように笑っていた琴莉の髪を、クラスの女子が手際よく結んであげている姿を、悠人は見たことがあった。
そんなことを思い出しているうちに、琴莉の大きな瞳には、とうとう涙がにじみ始めた。
こぼれ落ちまいと必死にこらえているものの、潤んだ瞳は小刻みに揺れ、唇もかすかに震えている。不安で胸がいっぱいなのが、見ているだけで伝わってきた。
悠人は思わず声をかける。
「大丈夫だよ、琴莉ちゃん。恥ずかしい思いをするのは、一人じゃないからね」
そう言って、琴莉の瞳をじっと見つめた。
悠人の言うとおり、これから行われることがどれほど恥ずかしく、屈辱的であるかという認識は、男子も女子も変わらず持っていた。
クラス全員の前で裸になる。それは女子の誰もが避けたいと思うほど、恥ずかしい行為だ。
なぜなら、その「常識」だけは、悠人があえて書き換えなかったからだ。
そこまで書き換えてしまえば、つまらない。
恥ずかしいと理解しながら、それでも従わざるを得ない。その矛盾と葛藤こそが、悠人の見てみたかったものだった。
「ほら、梨枝。ぼうっとしてないで、ちゃんと板書してよ」
悠人にそう言われると、梨枝は一瞬だけ唇をきつくかみ締めた。その顔には、隠しきれないくやしさが浮かんでいた。
にもかかわらず、まるで当然のことのように黒板へ向き直ると、ふたたび、チョークをすべらせた。静かな教室に、乾いた音だけが規則正しく響く。
ていねいな筆跡で白い文字が一文字ずつ書き連ねられていく。
『教室の中ではふくをぬいではだかになる』
(そうそう。決まったことは、ちゃんと書き残していかないとね)
悠人は、その様子を眺めながら、ふたたび小さくほくそ笑んだ。
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