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JC1が、なぜかクラスの男の子たちに、アニメおパンツを見せることになってしまったお話

 四月も中旬を迎えた、とある中学校。一年C組の教室。

 そこでは、すっかりあらわとなったのショーツを目の当たりにして、周囲の男子たちがざわめいていた。

「い、いやぁ。見ちゃダメェ……!」

 そんな視線と、男子たちのささやきに、稚幼子が恥じらいの声を上げる。その声は、舌足らずでかんだかく、鼻にかかったような、どこか甘ったるいものだった。それは、いわゆるアニメ声そのものであったが、もちろん、彼女は演技などをしているわけではない。それが地声なのだ。

 ほおを赤く染め、まるで子供がイヤイヤをするように、稚幼子は上半身を思いっきり揺り動かす。にもかかわらず、それでもショーツは隠そうとしない。

 そんな彼女のことを、助けようとするおり。それは、担任教師である以上、当然のことだった。だが、なぜか身動きができない。そのことからも、この教室の中に、何か見えない力が働いていることは、もはや明白であった。

 稚幼子の穿いているショーツは、かなり厚みがある木綿地で作られていた。腰回りと股ぐりには大きなしわが寄っており、全体としては、どこかダボッとした印象を受ける。生地そのものは、鮮やかなピンク色をしているが、一番目立つフロント部分は、カラフルにいろどられていた。だが、それは単純に色が塗り分けられているということではない。そこには、何かが描かれていたのだ。

「ああ……、コレは『マジプリ』だね……」

 黒縁の眼鏡をかけた男子生徒が、落ち着いた声でそうつぶやく。そして、今度は周囲の男子たちにもよく聞こえるよう、説明を始める。

「日曜の朝に、昔っからやってるだろ、『マジプリ』って……」

 その単語は、詩織も知っていた。もう十数年も続いているアニメシリーズのことだ。始まったのは、詩織が小学生のとき。まだ未就学児だった妹とともに、一作目から三作目ぐらいまでは、リアルタイムで見ていた記憶がある。

 最初は『みんなはマジカル♡プリンセス』というタイトルで、数作はそれに何か言葉が追加されるようにタイトルが変わっていったと思うが、いつの間にか『マジプリ』と略され、今でも毎年、新作が放送されていた。数年前のお盆に、その年の新作を、親戚の子供たちと見たことがあったが、タイトルにかすかにとどめるごりと、女の子が魔法で変身して悪に立ち向かうという基本コンセプト以外、詩織が子供の頃に見ていたものとは、もはや関係がなかったことを覚えている。

「これは、そのキャラパンだよ」

 その男子生徒は、さらりと言ってのける。

「キャラパン……?」

「キャラクターパンツ。こんな風に、アニメのキャラクターがプリントされてるやつのこと」

 彼の言うとおりだった。稚幼子が穿いているショーツは、そのアニメ、つまり『マジプリ』のキャラクターたちが、フロント部分に大きくプリントされたものだった。

「でも、コレは今やってるのじゃないよ。一つ前、『ダンシングドリーム♡マジプリ』のモノだね。ロゴもそうだけど、キャラを見ればすぐにわかるよ」

 彼はこの手のことに相当詳しいのだろう。かなりじようぜつに説明をしていく。

「モチーフはクラシックバレエだったんだけどね。このパンツに描かれているとおり、『ダンシングドリーム』はメインが三人体制だったんだ。真ん中にいる、髪がピンクのが主人公で、これは『ドリームチュチュ』に変身した格好……」

「おいおい、しま。もう、わかったよ。別に『マジプリ』の話なんか聞きたくねーよ」

 黙っていたら、止めどもなく話し続けそうな黒縁眼鏡の男子生徒に、他の男子からヤジが飛ぶ。

「いやぁ、ごめんごめん。それにしても、ボクも実物は初めて見たよ。いろんなアニメのグッズは集めるけど、キッズアニメのこの手のものまでは、さすがにね……」

 そう言って、少し前のめりになり、まじまじと見つめる。そんな彼に、腰が引けそうになる稚幼子だったが、それでもなんとか姿勢を保っていた。

「すごいなぁ。キャラたちは番宣スチールのものと同じだから、当然、作画崩壊なんかしてないけど……、ここまでキレイにプリントできるんだ。それに、キラキラ輝くってCMで言ってるけど、こんな感じなんだね。キャラやロゴ全体にラメが入っているなんて、凝った作りしてるなぁ……」

 彼は本当に、この手のものが好きなのだろう。いくら幼さを多分に残しているとはいえ、思春期を迎えた同級生の女の子が、自らが穿いたショーツをさらけ出しているにもかかわらず、そのことについてはまったく触れない。あくまでも彼の目に入っているものは、アニメグッズとしてのキャラパンであり、それに対してのコメントしか出てこないのだ。詩織はそのことに気づき、周りの男子たちと違い、この子は相当の草食系なのだと思わずにはいられない。

「ねえねえ、ないさん。今年のやつ、『ラブリークッキング♡マジプリ』のは持ってないの?」

 突然の問いに、稚幼子は首を激しく横に振る。その様を見て、少年は少し残念そうに、続ける。

「そっかぁ、持ってたら見せてもらいたかったのに。残念だなぁ……」

「だよなぁ、オレたちも見てーもん。小山内が穿いてるのを」

「別にボクは、穿いてなくったっていいよ。むしろ、そのままの方が、手に取ってじっくりと見られるから、ありがたいんだけどな……」

 女の子のショーツを手に取ってじっくり見る。その言葉はまるで変態行為を言っているように聞こえるが、彼としては、そういう意図はないのだろう。口調から、そのことは詩織にもわかる。稚幼子が穿いているキャラパンは、彼にとって、ただのアニメグッズでしかないのだ。

「そんなもんよ、今穿いてるのでよけりゃ、見ちまえばいいじゃん。あとで脱いでもらってさ」

 割って入った男子が、そう告げる。それは冗談めかした口調ではあった。だが、すでに異常な状況下にあるのだ。それが起こり得ないという確信を、詩織は持てない。

「ところでさあ、買わないの? 『ラブリークッキング』のやつ」

 その問いに、稚幼子は再び首を横に振る。

「だ、だって……、稚幼子……、じゃなくて、私が買ったんじゃ、ないから……」

 思わず、自分のことを稚幼子と名前呼びしそうになり、慌てて訂正する。年頃になったにもかかわらず、自分を名前で呼ぶのはよくないと、注意されていたからだ。

「ママと一緒にお買い物に行ったとき……、ママが、買ってくれたの……」

 稚幼子はもはや泣き出しそうだった。だが、彼女のその言葉は、いまだに彼女が、母親の買った下着をそのまま身につけていることを明かしてしまっていた。

「じゃあ、お母さんに、『ラブリークッキング』のも欲しいって、おねだりしてみたら。『ダンシングドリーム』だけじゃなくって、今年のも集めたいって」

 まるでコレクションでもするかのように話す少年だったが、別に稚幼子は、『マジプリ』のショーツを集めているわけではない。今身に着けているショーツにしても、母親が買ったものを、言われるがままに穿いているだけ。彼女が積極的に欲しがったものではないのだ。

「べ、別に、こ、こんなアニメ、知らないし……、私は、欲しくなんかないから……」

 そう言う稚幼子だったが、どこか歯切れが悪い。

「それに、ママは、お買い物にはうるさくて……。ママは、安くなってないと買わないの……」

 稚幼子は、もはや目に涙を浮かべていた。それは、雰囲気としては、まるで幼児が迷子にでもなり、心細さに泣いているようだった。

「今回は、半額になってるから……って。ち、小さなサイズはもうほとんどなかったんだけど、一番大きな百三十サイズだけが六個残ってて……。稚幼子ちゃんにはちょっとだけ小さいかもしれないけど、せっかく安いんだから全部買っておきましょうって、ママが言って……。そ、それまで穿いてた『マジカルアイドル☆プリティチューン』のパンツは……、きょ、去年、ママが安く買ってくれたんだけど……、ひゃ、百二十サイズだったから、さすがにきつくなってて……。『プリチュ』のパンツは七十%引きだったのに、そこまで安くなってないのねって、残念がってたけど……。でも、買わないと売り切れちゃうし、コレを買えば、二枚パック六個で十二枚になるから、そしたらまた、一年ぐらいは、新しいのは買わなくっていいでしょって、ママが……。ああっ……」

 あまりの恥ずかしさに、自分でも何を言っているのか、稚幼子自身もわからなくなってくる。言わなくてもいいことなのかもしれないが、何か話していないと、逆に恥ずかしさに押しつぶされそうだった。

 稚幼子の言うとおり、彼女の母親は買い物にうるさかった。倹約家、といえば聞こえはいいが、つまりはケチなのだ。お金がないわけではないのだが、生鮮食品などは見切り価格にならないと買わない。だが、衣服の場合、セールはあるにせよ、食品のような見切り価格になることはあまりない。そんな中、『マジプリ』に限らず、テレビアニメのキャラクター衣料は、見切り価格になる数少ない商品だった。おもちゃのように、番組が終われば一般的な価値をなくしてしまう程ではないにせよ、それでも商品価値はがくりと落ちる。半額や、不振だったアニメの場合は七割引きということもある。そんな商品を、稚幼子の母親が見逃すはずがない。そのため、稚幼子のインナー類は、アニメのキャラクター衣料、しかも放送が終わったものがほとんどを占めていた。

 そのくせ、安さのみにつられて、さしあたり必要のないものを大量に買い込んでしまうという癖も、彼女の母親は持っていた。例えば、特売のトイレットペーパーを十パックもまとめ買いしたりである。今回のショーツの買い方など、まさにその特徴がよく現れていた。毎日穿き替えるものだけに、トイレットペーパーのように死蔵してしまうわけではないにせよ、それでも買いすぎである。

 だがもちろん、稚幼子の話からだけでは、彼女の母親のそんな性格まではわからない。

「『プリチュ』のパンツも持ってるんだ。あれは『マジプリ』に勝てなかったんだよね。おととし一年で終わっちゃって、後枠は全然別の作品になっちゃったし。敵と味方の関係とか、設定はすっごく凝ってて、ボクとしては面白かったんだけど、キッズアニメとしては難しすぎたと思うんだよね……」

 まったく別のところに食いつく嶋木だったが、それでも、稚幼子が穿いているショーツがどうして前シーズンのものなのかはわかったようだ。

「でもわかったよ。だから、『ダンシングドリーム』のなんだね。『ラブリークッキング』が始まっちゃったから、安く売ってるもんね」

 その上で、自分の知らなかったことを知り、少年は感心する。

「でも、知らなかったよ。キャラパンとかって、一番大きいのが百三十サイズなんだ。それって身長のことでしょ。最近の子はませてるからなぁ、『マジプリ』のキャラパンなんか、すぐに穿かなくなっちゃうんだろうね。だから、一番大きなサイズだけいっぱい残ってたんだよ、きっと」

 したり顔で納得する少年だったが、稚幼子にはたまらない。その穿かないようなキャラパンを、彼女は穿いているのだから。

「でも、いくら小柄だからって、小山内さん、百三十センチってことはないでしょ?」

「ひゃ、百四十センチちょっとだけど、サイズは目安だから……。おなかと脚のところのゴムは結構伸びるし、布の部分もゆったりしてるから、穿けなくはないの……。でも、ゴムが伸び切っちゃうのもやっぱり早いけど、そうなったら、ママが新しいゴムひも、入れてくれるから……」

 この手のショーツはインゴム構造、つまり腰と股ぐりの端を内側に折り返すように縫い付け、その中にゴム紐が通っている構造になっていた。そのため、ゴム紐だけを交換することは比較的容易だ。稚幼子の母親はその手のことが得意だったし、何より、買い物にうるさいだけあって、その手の節約につながることには、惜しみなく労力をつぎ込むタイプだった。

「だ、だから、ち、稚幼子……、べ、別に、新しいのなんかいらないし……」

 動揺のあまり、再び自分のことが名前呼びになってしまう。

「そ、それに……、『プリチュ』よりも『マジプリ』の方が好きだし、『ラブリーホイップ』より『ドリームチュチュ』の方がかわいいから、稚幼子、このパンツで十分うれしし……」

 そこまで言って、慌てて口をつぐむ。それは、前言を翻し、稚幼子が、『ダンシングドリーム♡マジプリ』も、『ラブリークッキング♡マジプリ』も、さらには『マジカルアイドル☆プリティチューン』も、そのすべてを見て知っているということを、白状したと同じだったからだ。『ラブリーホイップ』とは、今作の主人公が変身した後の名前である。

 だが、そのことに気づかないのか、それとも特に気にもしていないのか、稚幼子の答えを受け、少年は再び熱く語り出す。

「あ、やっぱり? そうだよね。去年の『マジプリ』はアタリだったもんね。話もよくて、キャラも立ってたし、デザインもすっごくかわいかったから。もともと深夜アニメ系の人がキャラデザだったんだけど、一見え系に見えて、でもキッズアニメとしての一線は越えてないっていう……」

 だが、ふと周りの状況に気づいたようで、不意に話をやめた。端的に言って、周囲の男子たちは全員、そんな彼のオタク話に、ヒキまくっていたのだ。

「……と、とにかく、さっき十二枚もあるって言ったでしょ。それに、お母さんがゴムも替えてくれるんなら、一年ぐらいは『ダンシングドリーム』ので持つもんね。『ラブリークッキング』のはお預けだね。でも、来年の今頃になれば、新しいのが始まって、安くなるだろうから、そうしたらお母さんに買ってもらえばいいよ」

 来年、つまり今よりもさらに一学年上になったとき、稚幼子の母親は、果たして見切り品となっているであろう『ラブリークッキング♡マジプリ』のショーツを買うのだろうか。そして、もし母親が買ったときには、稚幼子は言われるがままに、それらのショーツを穿くのだろうか。

 もちろん、そのときでも稚幼子が、百三十サイズのショーツを穿ける身体付きなのかという問題はある。だが、今より一学年上といえば、『マジプリ』シリーズの多くのメインキャラクターたちと同じ学年なのだ。本来の視聴者にとっての『お姉さん』として設定されている学年に達したとき、稚幼子がどうしているのか。それはわからない。

 だが、そんな一年も先のことなど、今は関係のないことだ。まずはこの状況に耐えることが、稚幼子にとって何よりも重要だった。

(了)

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