前編

「いいものを見せよう」

「はぁ……」

 男の言葉に、いしがきは、気のない返事をする。

 だが、そんな様子を無視して、男が部下へと命じた。

「おい、連れてこい!」

 石垣の目の前に、全裸の娘が現れた。男の部下に、首輪につながれた鎖で引かれ、つんいのままでだ。

 の頃は幾つくらいだろう。おそらくは十三、四ぐらいだろうとは思うが、最近の娘は発育が早い。十二歳ぐらいということも考えられる。だが、おそらく十五は超えていまい。

 娘の前には、ペットに餌を与えるための少し深い皿が置かれ、その中には透明な液体が入っているのが見て取れる。

 そんな、犬のまねごとをさせられている娘の尻からは、まるで本物の尻尾のように、黒いつややかな毛が垂れ下がっていた。

「相変わらず、結構なご趣味で」

 石垣は男に言った。その口調には若干の皮肉が込められていたが、そんなことをこの男が気にしないことはわかっていた。いや、気にしないというよりも、気づかないといった方がいいだろう。

「この娘はな、もう朝から何も飲ませていないから、喉がカラカラなはずだ」

 案の定、男は平然と話を続ける。

 石垣は、特に表情を変えるでもなく、娘を見下ろしていた。これから、この娘に、犬がするように皿の中の液体をめさせるのだろう。それぐらいのことは、容易に想像できた。

「で、何が入ってるんです?」

「なぁに、ただの水さ」

 だが、その娘は、目の前の皿に口をつける様子はなかった。

「おいっ!」

 男の合図で、控えていた別の男が、娘の顔を皿へと押しつけようとする。天使の輪をたたえた、ショートボブにした黒髪を、厳つい手で押さえ込まれながらも、それでも娘は、皿に並々とたたえられた液体に口をつけるのをかたくなに拒否する。

「これが、いいもの……、ですか」

 全裸で四つん這いというその姿を見れば、調教が行われているのは確かだ。だが、いつくばったまま皿から水を飲ませることさえできないとは、まったく話にならない……。

 先ほどとは異なり、今度の石垣の言葉には、明らかな皮肉がこもっていた。さすがにこの男でも気づくかな、とも思ったが、だからといって気にすることもない。

 それを確かめるわけでもないが、石垣は男の顔を見た。

 目が合った瞬間、男はニヤリと笑う。その表情は、この男にしては珍しく、明らかに石垣の考えを見抜いていることを物語っていた。そのうえで、それを見返すだけの切り札を抱えているということも、石垣にはすぐにわかる。それくらいのことを瞬時に判断できないようでは、こんな稼業は長く続けられない。

「おい、ジョッキと新しい皿を持ってこい!」

 個性を押し殺すかのようなダークスーツにサングラス姿の部下が、男にビールジョッキを手渡す。

 そのジョッキの持ち手の部分をしっかりと握ったまま、男はズボンのファスナーを開け、自らのいちもつを取り出した。男のそんなものなど、石垣は見たくもなかったが、これから行われることへの興味の方が勝る。

 そんな石垣の興味を知ってか否か、男は黙ったままジョッキの縁へ逸物をあてがうと、その中へ放尿を始めた。注ぎ込まれる水音ともに、たちまちジョッキの中は黄色い液体で満たされていく。

 その音に気づいたのか、四つん這いのままうつむき気味だった娘が、男の放尿姿をじっと見上げていた。その顔つきは、石垣が想像していた以上に、幼いものだった。

 あふれるのではないかと思うほどの量を注ぎ込み、男の放尿が終わった。上部が少し泡立っており、まるで本物のビールを思わせる。そんな自らの尿を、娘の目の前に置かれた空の皿に注ぎ込む。

 まだ湯気が立っていそうなその液体へと、娘は顔を近づける。すぐに、その液体が尿であることがわかったはずだ。瞬く間に、娘の表情が明るいものへと変わった。それはまさに、うれしくてしょうがないという顔だ。

 しばらくの間、まるでかぐわしい花の香りでも楽しむかのように、娘は鼻をひくつかせていたが、やがてその液体に舌を伸ばしていく。だが、舐め取るだけではなかった。愛らしい唇をその水面にあてがい、音を立てて吸い込んでいく。娘の喉が忙しく動き、先ほど男から出されたばかりの尿を、次々に飲み込んでいくのがわかる。

 石垣は無表情のままだった。いや、当人としては、きようがくを表に出さないよう、努めて無表情でいるつもりだった。だが、そんな石垣の顔を見てニヤニヤしている男の様子から、その努力はうまくいっていないことがわかる。

「まだこんなの、ほんの序の口だぜ」

 男は、まるで勝ち誇ったかのように続ける。石垣自身も、この場の主導権がこの男のものになりつつあることを、自覚していた。

「飲み物もそうだが、食べ物もな。この娘は、朝から何もってないんだ」

 石垣は男の言葉をいて、あることへと思い至った。だがまさか、そんなことが……。

 今度は完全に表情に出てしまったのだろう。男は軽く鼻で笑うと、部下へと命じた。

「おい、あれだ」

 尿そのものはすっかり飲み干し、かすかに残るそのエッセンスを求めてか、皿の底を一心不乱にまわしている娘の横に、新たな餌皿が置かれた。何かペースト状のものが入れられていたが、娘は見向きもしない。

「これは?」

「チョコクリームなんだがな。どうも、こいつはあまりお気に召さないらしい」

 男は娘の方へ近づくと、舐め回している空の皿を取り上げた。大事なものを取り上げられたように、娘はかなしそうな表情で男を見上げる。

「そんな顔するなって。おまえの好物をやろうっていうんだからな」

 そう言うと、男はいきなりズボンを脱いで汚らしいケツをさらし、その餌皿の上をまたいだ。そしてそのままいきむと、プラスチック製の皿の上に、太くて長い茶色のものが落ちていく。この男は何を喰ったんだと思うほど、強烈な匂いが辺りを満たす。その匂いに顔をしかめながらも、石垣は目を離せない。この手の趣味は持ち合わせていなかったが、自らの予想がほぼ現実のものとなりかけているその様に、けん感よりも興味の方が上回った。

 そんな様子を見ていた娘は、鎖の長さが足りないため、後ろに引っ張られることによって首輪で締め付けられそうになるのもかまわず、男へ飛びかからんばかりに近づこうとしていた。それは、餌を待つことのできない、駄犬そのものだった。

 そして、その固形物の載せられた皿が自分の前に置かれるやいなや、その塊へとむしゃぶりついていく。舌で舐め、口でほおり、唇のまわりや鼻の頭を汚しながら、一心に食べ続けるその姿は、過激なシーンをさんざん見てきた石垣にとっても、過去にないほど強烈だった。もともとこの手の趣味がないということもあり、思わず顔を背けた。

「まぁ、こういうわけだ」

「なるほど……、これは、お話を聞いただけでは、信じられなかったでしょうね。いいから見に来いと言ったその意味が、よくわかりましたよ。実際に見ても、まだ信じられないんですから」

 確かに、奴隷として完全に調教され、飲尿、しよくふんが可能な者はいる。だが、その大部分はあくまでもプレイの一環として、かろうじて受け入れているに過ぎない。しかも、大半は年齢を重ねた、それなりに経験のある奴隷がほとんどだ。

 だが、この娘は、世間一般ではまだ子供ともいえる年齢にしか見えない。しかも、プレイの一環ではなく、あくまでも食事として、しかも喜々としてそれを行っているのだ。クスリか、それともあまりの調教の激しさに気がイッてしまったのか。だが、娘のあどけなさの残る表情に、そのような痕跡は見えない。

「どうだ、たいした調教だろ?」

 石垣はうなずく他なかった。

「だがな、実はこの娘、俺の仕込みじゃあないんだ。悔しいけどな」

 じゃあ誰が? などと、そんなことはもちろん訊かない。石垣の生きる世界では、知らなくてもよいことを知ることは、リスク以外の何物でもない。彼としても、まだこの仕事を続けたかったし、何より長生きをしたかったからだ。

 だが……、と石垣は思った。この手の性奴隷は、基本的にフルオーダーメイドだ。そもそも、引き取り手も決まらぬ「商品」を「見込み生産」するような非効率なことを、どの組織も行うとは思えない。依頼主の性癖を色濃く反映した、いわば究極の「こうひん」である以上、依頼を受けてからの調教というのが通常の流れだ。

 この娘の飲尿、食糞についても、依頼主の意向に他ならないだろう。しかも、まだ年端もいかぬ小娘を、ここまで完璧に仕立てあげてあるのだ。そこには、手間と、何より金がかかっているはずだ。

 普通であれば、そんな「完成品」が、自分のようなちんけなブローカーのところにまわってくることなどありえないということは、石垣自身にも十分わかっていた。依頼主、つまり本来の引き取り手に何らかの不測の事態が発生したのだということは、容易に想像できる。

 もちろん、その内容をこの男が教えるはずもないだろうし、こちらから訊こうとも思わないが、気にならないと言えばうそになる。

「で、どうだい?」

 声の調子から、男がこの娘の感想を求めているのではないことは、明らかだった。

が年齢ですからねぇ……。海を渡ってもらった方が、安心でしょうね。額については、この場では何とも……」

 はっきりとした言質は何も与えぬよう、それでいて、当てはあるという旨を、慎重に伝える。

「なんだよ、海外かよ……。最近は、いろいろとうるせえからなぁ。ヤバいドルを円に替えるのも、楽じゃないだが……」

 へきえきとした顔で、男はそう言ったが、それも無理のないことだった。このご時世、マネーロンダリングも一筋縄ではいかない。それは石垣もわかっていたが、これは飲んでもらうしかない。

 なお、ドルという言葉が出たが、これは何もアメリカで売るということを意味しない。クスリだろうが、人身だろうが、あぶないブツの国際取引が行われる際に用いられるのは、米ドルのげんなまと相場が決まっている。ただそれだけのことだ。

「まぁ、それは仕方ないでしょう……。売っておしまいってわけじゃない。この先、ある程度の期間は、おおやけになることなく維持管理できる……、これが絶対条件なんですから」

 ある程度の期間……、とはどれぐらいのことなのか。そして、それはどのように終わりを迎えるのか。言った石垣自身にもわからなかった。

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