「おい、桜子!」
男が不意にそう言った。
その瞬間、娘がピクリと身を震わせたように、石垣は感じた。
おそらく、桜子というのは本名なのだろう。そうでなければ、もっと本物の犬らしい名前を付けるはずだ。事実、名を呼ばれた娘は、その頬を淡く朱に染めたが、それは同時に、人間的感情を失っていないことをも表していた。
そして、その名前を聞いて、石垣はあることを思いだしていた。今から半年ほど前のこと。学校が春休みという時期に、とある湖畔の観光地から、一人の少女が忽然と姿を消したというものだ。
一時は、ずいぶんとテレビのワイドショーなどでも取り上げられていたが、その少女の名が桜子だったはずだ。雇われ人のように時間に拘束されているわけではない石垣は、事務所兼自宅で、流しっぱなしにしているテレビでそれを何気なく見ており、そのことを無意識のうちに覚えていた。
第一報のあと、それは連日のように取り上げられた。翌日には、とある設備の浄化槽に人が落ちた形跡があると伝えられ、その次の日には、その中が徹底的に探索されたと報じられたものの、さらにその翌日には、結局は誰も何も発見されなかったと言っていたはずだ。
だが、この話には続きがある。テレビなどのマスメディアでは、「とある設備」と濁しており、警察がブルーシートでそれを覆っていたため、画面でもはっきりとはわからなかったものの、その設備とは公衆便所だというのだ。そして、その公衆便所は下水道にはつながっておらず、その浄化槽というのは、つまりは糞尿が大量に溜め込まれた肥溜めのことなのだと。そして、実際には、少女はその中から発見されたのだが、家族の心情を考えて、うやむやにされているのだと……。
もちろん、最後の部分に関しては、あくまでもネット上の根も葉もない噂なのだろうが、公衆便所というのはあっているらしいというのは、石垣自身も知っていた。シートで覆い隠そうが、言葉を濁そうが、地元の人間や、そこに行ったことのある人間にはわかりきっていることなのだから、信憑性は確かだろう。
その後も、その少女が小学校の卒業式を終えたばかりであり、今度迎える中学校の入学式に間に合うように、必死に捜索が行われていること、そして、情報を求めていることなどを伝えていたが、それもほんのわずかな期間だけ。次第に取り上げられる時間は少なくなり、いつしか、世間一般からは忘れ去られてしまっていたのだが……。
「わかったのかい?」
なにを……、とは言わなかった。だが、ゲスな笑みを浮かべながら、男が尋ねた。石垣の表情から、この少女が誰なのか思い至ったということに気づいたのだろう。そして、そんな男の質問は、石垣の想像が正しいということを暗に伝えていた。
「まぁ、なんとなくは……」
それでも、石垣ははっきりとは答えない。知らなくてもよいことは……、をなるべく貫き通そうとする。
「それにしても、あんなところに放り込まれるなんて……。俺だったら、堪えられんけどな」
男は、独り言のように、つぶやいた。
「もっとも、糞尿にまみれたまま、一晩も放置されたくせに、この娘は堪えきったんだとよ。それどころか、引き上げられたときには、嬉々とした表情までしてたっていうんだから……。こんな、まだ小娘だっていうのに、そんな性癖を持ってるだなんてな……。まあ、それをわかったうえで、こいつを選んだんだろうが、それにしても、どうやって調べたんだか……。だが、組織だったら、それぐらいのこと……」
男はそこで、不意に言葉を切った。
少しの沈黙がその場を支配した。男も、石垣も、何も言わない。
「……少し、おしゃべりがすぎたようだな。聞かなかったことにしてくれ」
「なにか言ってましたか?」
石垣は、うそぶくかのようにそう言った。
「そうかい、そうかい。確かにそうだな……」
男はフッと笑みを浮かべると、ふたたび、四つん這いのままの娘を見下ろした。
「おい、桜子。チンチン!」
そんな命令に、桜子と呼ばれたその娘は、即座に反応した。
不意に上体を起こすと、まずは膝立ちになった。さらには、バランスを崩すこともなく、膝をも床から離し、そのまましゃがみ込んだ格好となる。それは、いわゆるヤンキー座り……、いや、この娘に対してはうんこ座りといった方が、よりふさわしいのだろうか……。いずれにせよ、それとまったく同じ格好だった。
そして、自らの上体を後ろへ少し反らし気味にするとともに、両手を自らの前へと差し出した。だが、ただ単純に差し出したのではない。上腕部は、その華奢な身体の両脇にくっつけつつ、肘から先を斜め前方に持ち上げるとともに、手の甲は外側に向けてだらんと垂らしている。
そして、顔を少し上げると、口を半開きにし、小さな舌を外へと垂らした。そしてそのまま、石垣たちのことを見上げていた。
そんな体勢が、なにを模しているのか。それは、男の命令からも、そして格好そのものからも、明らかだった。差し出した舌のせいで、少し息苦しいのだろうか。ハッ、ハッ、といった感じで息をしている様など、まさに本物の犬を彷彿とさせた。
改めて石垣は、その娘のことを、まじまじと見ていた。そして、なるほど、確かに……、と思わずにはいられなかった。
この娘が、あの娘であることは、今までの流れからまず間違いないだろう。であるならば、この娘は十三になったばかり、もしくは、生まれた日にちによっては、十三にもなっていないはずだということは計算できた。
そして、確かにそのとおり。その身体付きは、石垣が当初思っていた以上に、幼さの残るものだった。
肋骨をうっすらと浮かばせているほどに細身であるにもかかわらず、お腹の部分だけが少し膨らみを帯びている。それは、幼児体型の名残なのか、それとも、ただ単に栄養が足りていないだけなのか、石垣にはわからない。だが、まだその腰回りには、明らかなくびれは見つけられなかった。
それに対して、その胸は、膨らみを帯び始めていることが、石垣にもわかった。とはいえ、それは実に慎ましやかなもの。だがそれでも、その頂点を彩る、うっすらと色づき始めた乳首とともに、その娘が子供から大人へと変わりつつあることが、はっきりとわかる。
だが、その娘が開けっぴろげにしている股間へと視線を移すと、そこには一切の翳りが見当たらない。もちろん、剃毛されている、もしくは脱毛されているということも、考えられなくはなかった。だが、まだ芽生え始めていないのだと考える方が、この娘には自然なように思えた。
「そんなに、まじまじと見つめて、どうしたんだい? 気に入っちまったかい?」
不意に声をかけられた石垣は、急に現実へと引き戻された気がした。だが、男の指摘通りだった。まだ年端もいかぬ小娘の裸体を、自分が凝視していたことに、今更のように気づかざるを得なかった。
「まさか……。それに、そんな趣味は……」
平静を装ってはいたものの、内心では狼狽している自分がいることは、本人でもわかっていた。もちろん、少女偏愛など持ち合わせていないと、少なくとも自分では思っていた。だがそれでも、十三歳になろうかなるまいかという娘の裸身に、興味を覚えていたことは、紛れもない事実だった。なにしろ、大人のそれとは違い、めったに目にするものではないのだから。そして、そのことを男にも見抜かれているだろうことは、悔しいながらも重々承知していた。
「ふっ……、冗談だよ。それに、これからあんたには、このブツを捌いてもらわなきゃならないんだからな。気の済むまで、確認してもらってかまわんぜ。隅々まで……」
そんな男の言葉に、「商品確認」という大義名分を得た石垣は、改めて娘のことを見下ろした。そして、先ほど見つめていた……、いや、「確認」していた箇所へとふたたび視線を移す。
大きく開かれているにもかかわらず、娘のアソコは、単純な一筋に過ぎなかった。色素沈着もしていなければ、小陰唇のはみ出しもない。さらには、その縦割れの頂点に位置する陰核も、はっきりとはわからない。大人のような淫猥さを感じさせないそこは、この娘が、世間一般ではまだまだ子供といわれる年齢に過ぎないことを、改めて感じさせた。
石垣は、「商品確認」を続けるべく、視線を少し上げると、娘の顔を見つめた。四つん這いのときにも見えなかったわけではないが、舌を出したまま少し上を向いている今は、よりいっそうはっきりと確認できた。
その顔つきは、どこか幼さを感じさせた。そんな娘は、絶世の美少女、もしくはアイドル並みとは言わないものの、それでも整った顔立ちをしており、いわゆる「かわいい」という部類には十分入るだろうと思われた。だが、そんな愛らしい顔のあちらこちらには、茶色い粘状のものがこびりついている。それがなんなのかは、考えるまでもないことだった。
こんな小娘を、よくもまぁ、ここまで仕上げたものだ……。石垣は、改めて感心する。だがその一方で、実はこの仕事、相当に難しいのではないかとも、思い始めていた。
「確認しながらでいいんだが……」
そんな男の言葉に、石垣は生返事をした。
「聞いといてもらわんといけないことが、幾つかあってな……。まあ、『商品説明』というか……、そんなところだが」
その言葉に、石垣は視線を男に向けた。
「あんたも、この世界は長いんだから、この手のものは、基本的に『注文品』だということは、わかってるだろう?」
石垣は、黙って頷いた。
「それが、どうしてこんなところに……、ということは置いておくとする。だがな、そうである以上、この娘には、依頼主からの要望がいろいろと盛り込まれていることは、わかるよな?」
「はい」
「もちろん、さっき見てもらったことも、そのうちのひとつなんだが、ほかにも幾つかあるから、それを伝えとかんとな。あんたも、その辺のことをわかってないと、捌きずらいだろう?」
ふたたび、黙ったまま頷く石垣を見て、男は満足そうだった。
「はじめに……」
しかし、そんな男の言葉を、石垣が遮った。
「ちょ、ちょっと、待ってください。何も、こんなところで……」
そう言うと、娘の方をチラリと見る。この娘が、いわゆる性奴隷として、完全に堕とされていることは、確かなようだった。それでもなお、本人の前で言うことなのかという思いが働いたためだ。
だが、男にはそんな考えは、毛頭ないようだ。
「こんなところでって……、なにか問題でもあるか?」
そんな言葉の端に、若干ではあるが、明らかな不満を感じた石垣は、すぐさま相手にあわせることにした。
「い、いえ……。何も……」
そんな言葉に、ふたたび満足そうな表情を見せた男は、話を続けた。
「この娘……、まぁ、桜子っていうんだが……、こいつは、まだ生娘なんだとよ」
その内容自体は、驚くようなことではなかった。依頼主が初めての相手になるべく、調教の際には、そこには手をつけないことはままあったからだ。
「だがな、これが困ったことなんだが……。この娘は、これから先もずっと、生娘のままなんだと」
「どういうことですか?」
「こんな依頼した奴、バカなんじゃねえかと、俺なんかは思うがな。なんと、アソコの穴を塞いじまったんだとよ」
「…………?」
「わからねぇか? 女の穴を縫い合わせて、何も入れられないようにしちまったんだと」
「えっ?」
「ほんと、わかんねぇよなぁ、金持ってる奴のすることは……。まぁ、厳密に言うと、完全に塞いじまったわけじゃないらしいけどな。そんなことしたら、さすがに困るらしい。そこを濡らせないからな。それでも、チンポはもとより、小指も入らんぐらいの大きさしか、開いてないんだとよ」
「それじゃあ……」
「だから、セックスなんかできねぇんだってよ。しかも、それだけじゃないんだと。なにしろ、クリトリスを切り落としちまったっていうんだぜ」
石垣は絶句したまま、娘のそこへと、視線を移動した。すっかりと濡れそぼり、今や蜜を垂らしているアソコだったが、確かに、先ほど見たとき同様、陰核を確認することができなかった。だがそれは、まだ年齢相応に小さいためだと考えていたのだが……。
「なんでも、この娘は、アナルセックス専用にするつもりだったんだと。だから、女の穴やクリトリスをいじって、余計な快感を覚えないように、そんなことをしたっていうだが……、ホントに、まぁ、なに考えてんだか……」
そんな男の言葉を耳にしながら、娘の割れ目の股間を見つめていた石垣は、ある気配を感じ、視線を上げた。
目の前にいる少女は、相も変わらずチンチンの体勢を取っていた。だが、従前は舌を出したまま上を向いていたその顔が、いつの間にか少し俯き加減になっていることに気づいた。そして、その表情も、どこか翳りを帯びているように感じられる。
そのことから、この娘が男の話を聞き、きちんと理解していることは、明らかだった。だがそれでも、自ら言葉を発したり、反抗したするような素振りはまったく見えない。それだけよく調教されているということなのだろうが、それでもなお、顔を上げ続けていられなかったのは、本能的に仕方なかったのかもしれない。
「あと、元の依頼主はよっぽどの変態だったと見えて、結構この娘、手がかかるんだよ。まぁ、そんな内容をすっかり吸収しちまったこいつも、たいしたもんだがな」
「というと?」
「さっきも見たとおり、こいつは相当の偏食でな、糞以外食わねぇし、尿以外飲まねぇんだよ。だから、栄養そのものは、サプリとか、薬剤とか、ものによっては点滴でとらなきゃならないんだが、これに金がかかるだろ?」
「確かに」
「それに、普通の風呂も入らねぇんだよ。肥溜めが相当気に入ったと見えて、そこに毎日入れてやらないとならないだが、そんなもん維持できるのって……、どんな奴よ?」
「な、なるほど……」
確かに、これは厄介だ。そう、石垣は思わざるを得ない。そして、自分の仕事の先行きに、暗雲が立ちこめていることを、理解しつつあった。
「だがなぁ、いいこともあるんだ。さっき、糞しか食わねぇし、尿しか飲まねぇって言ったろ。確かに、それはそうなんだが、誰の、という縛りはないんだ。誰のだっていい。だから……」
男がそこまで言ったそのとき、「ぐぅー」という音が、石垣の耳に届いた。
「なんだ、桜子。もう、腹減ったのか?」
その言葉に、娘がコクリと頷いた。
「しょうがねぇなぁ。じゃあ、喰っていいぞ」
そこで、いったん言葉を切った男。そして、続けてこう言った。
「出るんだったらな……」
急にいきみ始めた娘を見て、石垣はとあることに思い当たっていた。目の前で繰り広げられている光景と、男の話を合わせるならば……。そして、突然のように、なにが行われようとしているのかがわかった。
「う、うぅん……」
小娘の尻から、あるものが抜け落ちた。それは、尻尾を模した毛の植え込まれたディルドだった。それに続いて、別のものがひり出されていく。周囲を漂う臭いから、それが娘の糞であることは明らかだった。そして、それを出し終えると同時に、向きを変えると、自らの体内から出てきたそれにむさぼりついていく。
「見てのとおりだ。だから、少しは手間が省けるのさ。昼飯ぐらいだったら、用意しなくてもいいかもな……」
ニッチすぎる。そう石垣は思わずにはいられなかった。あまりの特殊さに、彼は自信が無くなる思いだった。確かに、フルオーダーメイドで調教されたであろうことから、それはとある個人の性癖そのものなのだろう。だが、これとまったく同じ、ドンピシャの人物を見つけるとなると……。
糞そのものはすっかりと食べ終わり、ディルドや床を舐め続けている小娘を見つめながら、石垣は厄介なことに首を突っ込んでしまったと、後悔せざるを得なかった。
(了)
コメント